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生命保険の歴史

生命保険

生命保険はその誕生以来、比較的長い歴史があるようですが保険というルーツそのものはなんと数千年前から生まれていたという文献があります。

現在において保険とは事故や災害 病気などのさまざまなリスクが発生する万一の場合に備え、主に経済的な安心を得るために、多くの人々が加入している社会システムとなっています。

数千年前に古代文明発祥の地の1つとされているメソポタミア地方(チクリス川 ユーフラテス川の流域、今日のイラク)では古バビロニア王国が繁栄していましたが、その当時すでに保険という形の商品があったようです。

バビロニア人の旅商人は遠方との交易を活発に行なっており、バビロニアの金持ちは旅商人の妻子や財産を担保にとって、商売の資金を貸しつけていたそうです。さらに途中、盗賊などに襲われて金品が奪われた場合、あるいは海難事故に遭遇した場合には、襲われた証明や海難の証明さえあれば担保を没収されないという合理的な方法をとっていたという話があります。

また生命保険の祖型をなす共済的な制度自体は、古代ローマで生まれており中世のキルトをへて,ルネッサンスのイタリアにて発展したという記録が残っています。

生命保険に対して、損害保険の誕生は中世イタリアの4つの海洋共和国に起源を持つ冒険貸借(海上保険の祖型)であるいわれています。

この冒険貸借は1230年にローマ法王クレコリウス九世の利息禁止令によって消滅しましたが、冒険貸借が姿を変えて生まれたのが海上保険の前身となります。

貿易業者は金融業者に利息の代わりに手数料(保険料)を支払い、海難時には損失の補償か受けられる「海上保険」へと発展していったわけですね。一四世紀にはイタリア商人の間において今日の形に近い海上保険か誕生し、地中海貿易の繁栄を支えました。貿易の発展に伴って海上保険が盛んとなり、その後海洋王国イギリスの首都ロンドンがその中心地となりました。そして1666年にロンドンの大火災によってこの海上保険を真似て火災保険のニーズが発生しました。

日本の損害保険会社の社名によく見られる○○海上火災保険というのはこういった歴史を反映しているともいえますね。

今日の生命保険の母国はイギリスでみつけることができます。1661年にロンドン市民の年齢別の死亡率を調査した死亡表が公表され1706年には、世界初の長期間存続した生命保険会社が生まれました。また、その後数理的基礎に基つき平準保険料を採用した近代的な生命保険会社の誕生は1762年といわれています。

ちなみに日本においての近代保険制度はヨーロッパの保険制度を導入して形成されたので比較的歴史は浅いようです